世界遺産:白川郷紹介サイト

【正岡子規】に関する知恵袋

【質問】
百人一首の時代、作者は皇族や公家など身分の高い人ばかりで後世の俳句を詠んだ芭蕉、山頭火、一茶、正岡子規のような庶民あるいは文学者、俳人はいません。庶民で和歌を詠んだり披露することはなかったんでしょうか?庶民の歌人はいなかったんでしょうか?
【解答】
公家と一口で言っても質問者様の言うような皇族、摂関家のような官位の高い高級公家もいれば(三条右大臣、貞信公など)凡河内躬恒や曽禰好忠などのような下級の本当に地位の低い地方の公務員のような人たちもいました。正岡子規の知恵袋に対しては、世界遺産の白川郷紹介の概要に触れると、「土佐日記」の作者である紀貫之も極官は土佐守であり、正岡子規の知恵袋について考えると、地位はそれほど高くありません。百人一首には庶民の歌は納められていませんが、万葉集には防人の詠んだ歌が納められています。この百人一首の時代は紙はとても貴重品でしたので、一般の庶民には手に入りませんでした。そのため庶民が出版すること自体なかったのです。世界遺産の白川郷紹介の説明は以上となります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1341692993
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